借金は文化か?

0-54不倫が文化だと言ったのは石田純一でしたが、借金も文化と言えるんじゃないでしょうか。

日本には昔から借金文化があったように思われます。むかしむかしから困窮時に民衆は国や神社、お寺から米や銭を借りられたそうで、返すときには多めにという金利の概念もあったようです。

古代のキリスト教(旧約聖書)や、今でもイスラム教は利息を取ることを禁止しています。神様に返すときは余分に返すというのは、日本独特の文化なのかも。

また支払いは、いつもニコニコ現金払いではなく、飲み屋ではツケがきき、五十日払いどころか盆正月払いも珍しくなく、カードのないクレジット社会だったともいえますね。

それが成り立っていたのは、必ず返す、支払うということが、お互いに了解されていたからでしょう。農民は土地に縛られているので逃げられないということもあったでしょうし、返さないのは恥、という恥の文化だったということも大きいと思われます。

借金を返すためには、娘を身売りさせてでも、という国民性だったのでした。

だからこそ、日本社会ではサラ金が成立したと言われます。これが盗賊国家や踏み倒し国家だと、自分の財産を人に貸すなんてとてもできませんね。

金は天下の回り物、という言葉も、考えようによっては、自分の金じゃなくっても、借りてくればまわしていける、というふうにもとらえられます。日本人には、借金を正当化する気持ちが深層心理にあるのかもしれませんね。

 

現在でも、家や車を買ったり、不動産投資は借金で、というのが当たりまえのような風潮です。レバレッジを効かせて儲けるのが正義、みたいな。銀行が物件情報を片手に融資を勧めてきます。

いずれにしても、うまく回っているうちはいいのかもしれませんが、思惑が外れて返せなくなった時が大変です。借りるだけ借りて、返せなかったら、金の流れはストップです。返すために借りているという自転車操業は、本来の借金文化とは外れているでしょう。

金貸しというのも商売ですから、商売というからにはお互いにウィンウィンでなければなりません。

借りる方は、相手に余分にお返しつもりで、貸す方は、相手の商売や生活にお役立ちになるつもりで貸さないと、清く正しく美しい借金文化はなりたたないでしょう。

双方、すきあらば奪ってやる! という気持ちだと、借金文化は崩壊です。間に入る弁護士や司法書士には良い稼ぎのねたになるでしょうが、いびつな経済構造ですね。

>>文化とか経済とかどうでもいいから、差し迫った借金問題を解決する

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